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昭和26年創業、68年の実績、東京下町の酒専門店

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あなたの知らない酒雑学

利き酒師や焼酎アドバイザー、ワインアドバイザ―などの資格をお持ちの方でも
以外に知らない、面白酒雑学です。
かつて兵器に活用された酒が生み出す物質は?
第二次大戦中、日本の海軍が潜水艦のレーダー(ソナー)で敵の動きを察知するため、
ある酒類の製造過程から出る「物質」に注目をします。
この酒類の製造過程で出る「ある物質」がソナーの性能を大きく高めることがわかったのです。

では問題。
いったい、どんな酒類の製造過程から出るどんな物質がソナーの性能を高めたのでしょうか?

@ワインを醸造する際に生成される乳酸
A日本酒を醸造する際に生成されるアミノ酸
Bワインを醸造する際に生成される酒石酸
C日本酒を醸造する際に生成されるコハク酸
Dワインを醸造する際に生成されるリンゴ酸

朝ドラ「マッサン」を見ていた方は分かります。


(日本軍の潜水艦)

正解は・・・・
Bワインを醸造する際に生成される酒石酸
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ワイン醸造の際に出る酒石酸に加里ソーダを加えると、酒石酸加里ソーダという物質ができあがります。
これを「ロッシェル塩」といいます。
ロッシェル塩は、音波をすばやく捉える特性があり、第2次世界大戦ではドイツがいち早く
これを採用して音波防御レーダーを開発、艦船に装備して、潜水艦や魚雷に対処する兵器とし、
成果を発揮していました。
日本の海軍は昭和17年6月、中部太平洋のミッドウェーの海戦で、航空母艦4隻を失う
大打撃を受けます。

この件で帝国海軍では同盟国のドイツに兵員を派遣し、ロッシェル塩を利用した探査技術を
習得させ、艦艇の戦備を強化することにしました。
昭和18年初頭から、海軍は全国のワイン醸造場に酒石酸の採取を働きかけ、
山梨県の「サドヤ醸造場」に集めロッシェル塩を精製し、東芝などの大電機メーカーに依頼して、

対潜水艦用の水中聴音機の量産態勢を作ります。
水中聴音機(ソナー)は、まさにワインから作る兵器だったのです。
酒類行政を取り仕切る大蔵省では、昭和19年のブドウの栽培時期から、大日本帝国海軍の求めに応じ、
緊急軍需物資として酒石酸の増産を決定。
そのため、ワインに添加して酒石酸を採取するための脱酸用石灰は当時は統制品でしたが、
割当や配給の面で特別な便宜を与えました。

もともと酒石酸はワインの製造過程で出るものなので、ワイン造り自体を奨励しなければなりません。
そこで、ワイン造りに対する統制を特別に緩和し、ワイン造りに対し、製造免許数を増やしたり、
造石数の増量を容認したり、また、ワインの発酵を促すための砂糖も、当時は貴重で品薄の統制品で
あるにもかかわらず、割当や配給の面で特別に便宜を与えました。
こうして、ワイン造りを奨励したのです。
こうやって日本のワイン文化は発展したのです。
日本のワイン文化の発展の影には、軍需があったのです。
ちなみに、酒石酸を取り出したワインは制菌力を失い、酢酸発酵して「酢」になってしまいます。
この酸敗ワインの処分に困った国内のワインメーカーはソースメーカーに酸味料・香味料として販売。
これがやがて国産のワインビネガーの開発にもつながるわけです。

ボジョレーヌーボーの解禁日はなぜ、11月の第三木曜日なの?
11月の第三木曜日の19日は、フランスから輸入されたボジョレーヌーボーの解禁日でした。
皆さんはもう、飲まれましたか?

さて、この解禁日、なぜ11月の第三木曜日なのか?

一番最初は11月11日が解禁日だったそうです。
というのは、ボジョレー地区で最も収穫の早いワインが出来あがるのが、
いつもだいたいこの日の周辺であること。
さらにこの日はサン・マルタンの日という聖人の日で、縁起も良いしボジョレー・ヌーボーの解禁日にしよう、
ということになったとか。

ところが後に、11月11日はサン・マルタンの日から無名戦士の日に変更されてしまいました。
そこで、その日から一番近い別の聖人の日、サン・タルベールの日である11月15日に解禁日を移しました。

が!またもや問題が発生します。

解禁日を固定してしまうと、年によっては土曜日や日曜日になってしまい、売れ行きにも大きな影響があります。
(フランスでは日曜日はほとんどのワインショップ、レストランがお休み)
そこで、フランス政府が1984年に解決策を考案。
「毎年、11月の第3木曜日」という、毎年変動する解禁日に設定した、というわけです。
ずいぶんと紆余曲折があったんですね!
まぁ、年に一度のワインの出来を確かめるお祭り、楽しく飲みましょう。
「桶」と「樽」の違い、知ってますか?

「桶」と「樽」の違い、知ってます?一般的に蓋が付いているものが「樽」で、蓋がないものを「桶」と
いいますが、これは答えとしては100点満点中、30点。

もうひとつ、重要な違いがあるのです。

それは用途・目的による「木の性質」です。
木材には大きくわけて「柾目」(まさめ)と「板目」(いため)があります。
これは、木材の位置の違い(※添付画像参照)

柾目は木の中心部分、板目は木の外側の部分を言います。
この2つは、木の性質がまったく違うのです。
木はもともと水分を吸収する性質を持っていますが、外側の木材の「板目」は水分を
あまり吸収しないので中身の液体を保存する期間が長い「樽」に適しています。

いっぽう、木の中心部の「柾目」は水分を吸収しやすいので中身の液体の出し入れが
頻繁にある「風呂桶」「手桶」「鮨桶」などに適しているというわけです。

また、板には表と裏があり、反る方向が表と裏で違います。樽は、その表と裏を交互に
使うことで反る方向が逆のためにブロックされて、水分が漏れ出すことを防いでいるのですが、
桶は液体の保存性の違いから裏表を交互にする必要がないわけです。


この人物はいったい誰でしょうか?

幕末から明治維新にかけて活躍した誰もが知っている歴史上の人物の実話です。

幼少(3歳)のころから酒が大好きで母親に月代(さかやき:武士の頭を剃った部分)を剃られるのが嫌で、
酒を飲ませる代わりに剃らせたという。大人になってからも無類の酒好きで知られ、
あるとき「こんなに酒を飲んでいては長生きできない」と突然、節酒を誓う。

まず、朝酒をやめるのに3年かかり、6年がかりで昼酒をやめる。最後に晩酌の量も減らしてやっと人並みになり、
収入のほとんどを酒代に費やしたという歴史上誰もが知っている有名な人物とは?

答え 正解は1万円札でお馴染み「福沢諭吉」

朝酒と昼酒をやめるのに9年もかかったというから並みの酒豪ではありません。
ていうか、これはもうアルコール依存症でしょう。で、実際に「禁酒のすすめ」を自分で書いています。
しかし、禁酒したとたん親友たちから「酒をやめたのであればタバコくらい吸え!
ひとつくらい楽しみがあった方がいい!」と
タバコを始める。結局、酒もやめられず酒とタバコの両刃使いになり、禁酒は失敗。

東京の三田にある酒屋「津國屋」(いまは居酒屋)に常連として通い、自分で樽から酒を注いで購入して
いたそうです。収入のほとんどが酒代として消えていたそうです。
会計学の基礎となる「複式簿記」を日本に初めて導入したのが福沢諭吉。
また「借方」「貸方」という言葉は福沢諭吉が訳した言葉です。
また、妻との間には四男五女の9人の子供がいますが、諭吉は結婚前にも後にも妻以外の女性とは
いっさい関係を持つことがなく、妻一筋だったことはあまり知られていません。愛妻家で有名だったそうです